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雀の渡世

小禽が世を渡るログ 最近は初めての同人誌に挑戦中です

ラギッド・ガール 飛浩隆 読了

昨日は高橋葉介先生のサイン会があったのではじめて神保町に行ってきました。素敵な街でした。フォントとか。デザインとか。戦前っぽくて!(偏見)神保町はおりしも古書祭りの真っ最中で、葉介先生のサイン会も三省堂さんの企画によるお祭りのイベントだったみたい。

リクエストでイラストを描いていただけちゃったのですが、うわずった声で「夜会のまみやさんをお願いします!」とか言ってた私は相当アレだったと思います。先生も「どういう意味だろう」と上を向いていらっしゃった。ああ。

そしたら「じゃあお酒を飲んでるところでも」とゆーことでマティーニグラスを傾けて こっちを見てる まみやさんを描いていただいてしまいました! うわーうわーうわー まみがこっちを見てるから私が直視できない!(愚か)

家に帰ってから「夜会」を読みなおして夜会で女の人にべたべたしてるマミを見てあっこのえろいまみやさんだと思われてたらどうしようと固まりました。いやほんとにあの話が大好きなだけなんですほんとにほんとに。高橋先生これからもお美しいまみやさんを描き続けてくださいませ。

整理券を受け取ってからサイン会の列に並ぶまで時間があったのでお祭りを見に行きました。早川書店の露店に行列ができてて何事かと思ったら作家さんのサイン本を売ってたんですね。積み上げられてるダンボールを覗いたら飛先生のグラン・ヴァカンスとラギッド・ガールのサイン入り単行本を一冊づつ発見。ラギット持ってないしちょうどいいやと思って列につく。目の前でグラン・ヴァカンスが売れちゃった時は冷や汗が出たけど本命のラギッドガールは無事入手。わあい! あと皆川博子先生の大傑作「死の泉」サイン入りを保存用に入手。わあい! いいお祭り!

グラン・ヴァカンスは文庫で買ったのでラギッドも文庫が出るまで待とうと思っていたのですがこういうご縁で入手できたのはラッキーでした。しかし。しかししかししかし。

読んどくべきだったー。一刻も早く読んどくべきだった!


私がこの日記でぐちゃぐちゃこね回していたテーマを美しく面白くまとめあげておられる。そう、それがいいたかったんだよ!と読み終わるまでに何度思ったことか。私はこれをよんどきゃよかったんだね。

私にはSFの教養が全くないので開かれなかった書物の登場人物の未来の不確定性とか「コレクター」に関する記述のあたりがわかりやすく特に面白く読めました。そしてこれもやっぱり「虚無への供物」の「ご見物衆」とリンクしてるなあと思ったり。ドラホーシュ教授って文学部唯野教授としゃべり方が似てるなーと思ったり。

グラン・ヴァカンスを読み始めたとき、私はアニメ的なイメージで読み始めてしまい(ジブリ的な美しい背景に貞本デザインなジュールやジュリー、みたいな)こっちが勝手にアニメ絵変換してたにもかかわらず「あれーこれちょっとキャラ物小説なのかしら。だったら苦手だなあ」とか思っちゃってたんですが、ラギッドを読んでその「個人的な勝手な変換」もこの「数値海岸」を巡る物語では意味のあるファクターでありうる、か、ファクターになりうる、か、とにかく無関係ではないんだなあと考え、それならば私はもうすでにこの物語と「相互にかかわり合っている」と言えなくもなくーーーーーとか、そこまで考えさせられるような底なし沼のような物語でした。大変。

「魔術師」を読むと用語は違えどこれもまたゴーストとシェルの物語なんだよなあ。とか思ったり。

それにしても「数値海岸」は理想郷過ぎる。東方動画に「幻想入り」ってジャンルがあるけどまさにその「俺が幻想入り」を限りなくリアルに体験できるってことでしょう? そう、こんな動画もあるくらいで。

私だったらどんな「区界」を運営するかなあ。やっぱり魔都と言われた時代の上海かなあ。ゲストとしてそこで高等遊民として遊び暮らすのです。毎日ビロードのドレスを着て暮らすのです。そこには当然マミもいるね。マミのいきつけのバーの女主人、なんてロールが高価に売り出されるわけ。うわー買う。買う。いくらだせばいいの?

大戦前のマミがいる銀座でもいいや。(スケールちっさ!)下宿の女の子のロールはいくらで買えるんだろう。それか大戦前のベルリン。どうも「大戦前の」がポイントらしい。数値海岸には何万という区画があるらしいから、そのうちの一つぐらい私が書いちゃってもかまわないんじゃないかなー。てか、いろんな人がスピンオフとしていろんな区界を書いたりしたら楽しいんじゃないかなあー。多少できがわるくとも、ああ、粗雑な作りのだせー区界だな、で済ませられるし。とか、そんなことを考えさせられる小説でございました。そんでやっぱり「天野大気」さんのこととか「クレヨンしんちゃん」のこととか連想してしまいます。しんちゃんの世界、あれもある意味「グランドダウン」なのではないかとか。

ラギッドのあとがきのラスト一行が白眉。
「本書を、静かなハードディスクたちに捧げる」
Macの前に座って部屋を見渡して、人の手の入らないものは一つも目に映らない。目に入るもの全てが誰かの行動の結果であり、誰かの行動の記憶なんだ。私が打っては消すこの一文、死んだデータの堆積すら私の行動の記録だ。呆然としてしまいますね。